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1975年(昭和50年)にモハ72系電車の中では異色中の異色ともいうべき車輌が登場。アコモ改造車である。この旧型国電の足廻りを利用して車体を新調する方式は、1972年(昭和47年)に国鉄郡山工場でモハ72 587の足廻りに103系電車の車体を載せる改造工事を実施、モハ73 970として鶴見線で使用されたが、この試用成績が良好でだったため、1975年(昭和50年)から翌年にかけて仙石線に投入するべく、同じ郡山工場※でクハ79とモハ72各10輌に対してアコモ改造工事が実施された。これらは改造後、クハ79 601〜610、モハ72 971〜980を名乗っている。上は1955年(昭和30年)近畿車輌製クハ79 349から改造されたクハ79603。 |

仙石線に投入されたモハ72系アコモ車輌は、両端のクハ79形が中間に電動車モハ72形を2輌はさむシンメトリックな4輌編成で運行されていた。上の写真の先頭車は、クハ79形最終グループとして1955年(昭和32年)に近畿車輌にて製造されたクハ79 949からの改造車クハ79 609。 |

同じくクハ79 609の公式側アングル。アコモ改造クハ79形の車体は、ジャンパ栓の位置が若干異なる以外にはクハ103高運転台式車とほとんど見分けがつかない。同じように前面に付けられたステンレス製の飾り帯が誇らしげ。 |

アコモ改造車の車体は新しくなったが、台車は当然旧モハ72系のまま。上はクハ79 609がはいていたTR48型で、クハ79形やクハ86形など旧型国電末期の付随車に用いられたいわゆるペデスタル方式の台車。台車枠は鋳鋼製で、やじろべえのような独特な形状を持つ。 |

アコモ改造車の中間電動車。仙石線では防寒のため乗降扉を半自動化しているので、扉中央の取っ手が目立つ。上のモハ72 979は、1952年(昭和27年)日本車輌製のモハ72 511からの改造車。台車はブレーキ引き棒が目立つDT17型を装着。 |

アコモ改造モハ72系は、当時の旧型国電ファンにはゲテモノ扱いされながらも、足廻りこそ旧型国電のままだが東京山手線と同じ色と顔を持つ電車として、当の本人達にとっては結構満足しているようにも見えた。ところが後になって東京から本物の103系が導入されるに至って少々ややこしいことになり、アコモ改造車としては面はゆい気持ちもあったかもしれない。更にこのアコモ改造車達は後に電気機器まで交換され、本物の103系になって川越線に送られるという実に数奇な運命を歩むことになるのである。 |
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