輸出貨物運賃割戻

1963.3. 放出駅付近 Photo by: T. Satomi

この耳慣れない言葉はすでに戦前において死語になってしまったから、

耳慣れないのは当たり前。鉄道会社の割引制度は色々あるが、これは輸出

産品の輸送費用を所定の手続を踏んだ上で荷主に還元するものである。

明治・大正時代から緑茶と蜜柑は日本の重要な輸出品目だったので鉄道

輸送に対する割引運賃が適用されていたが、1930年(昭和5年) 5月にそれを

法制化し、新たに生糸、絹製品、絹糸、綿織物等を加えた15品目を輸出

する際の鉄道輸送運賃について、荷送人に対して2割の割り戻しを実施

した。政府によるいわゆる輸出奨励策のひとつである。

この制度は太平洋戦争の直前まで継続し、1941年(昭和16年) 7月のアメリ

カ・イギリスとの経済断交によってその存在理由を失い、同年9月に廃止

された。戦後も高度経済成長期が訪れるまで国際収支は赤字だったが、

この制度自体が復活することはなかった。今の日本はともすれば輸入奨励

するくらいだから、輸出奨励など遠い昔の話となってしまった感がある。

ところで私が小学生の頃の社会科の教科書には「日本は賃加工貿易国で

す」とはっきり書いてあった。つまり日本は原材料を輸入し、それを加工・

輸出することで工賃収入を得る。手先が器用な日本人が作る製品は世界中

で歓迎されるのだ、そして天然資源のない日本はそれ以外に生きる道は

ないのだ、とまで書かれていた。「賃加工貿易国」、これは子供にもわかる

明快な説明である。

その後の日本は「先進工業国」と自称するようになり、「賃加工貿易国」とは

呼ばなくなった。先進工業国? では基本的に経済構造が変わったのかと

いうと、私は何も変わっていないような気もする。少なくともアメリカのように

金融やサービス・投資、あるいは技術開発やソフト開発のロイヤルティで

外貨を稼いでいる国ではないはずだ。それに加えて最近では「手先が器用

でモノ作りが得意な日本人」という構図は崩れ始めている。今の子供は

精密なプラモデルなんか見向きもしない。「作る」という行為が美しいことと

みなされなくなってきたからだ。そういう私も最近はキットを作るのが面倒な

ので、大抵完成品を買うようになった。

このまま日本人が「モノ作り」が嫌いな民族になっちゃったら、将来はどう

なるのだろう、また輸出奨励策が復活しちゃったりして、などとふと不安に

なることもあるが、ここは鉄道趣味サイトなのでこれ以上は述べない。