
創業時に活躍したB形蒸気機関車は、その煤煙が乗客から非常に不評だったため西大寺鉄道では早くから内燃動車の導入を検討していた。しかし同鉄道がなまじ輸送需要が旺盛だったためにかえって手頃な内燃動車が見つからず、他の軽便鉄道より大きく遅れて1931年(昭和6年)に梅鉢鉄工所(後に東急車輌に合併)製の単端式ガソリンカーを導入、キハ1とした。キハ1は全長5,570mm、自重3.5tの2軸車で、機関はフォード(Ford)社製AA形4気筒ガソリンエンジン(32ps)を搭載、客車1輌を牽引することを前提としていた。キハ1の乗客定員が20名(内、座席10名)で客車の50名と合わせて70名になるから当時の軽便鉄道用大型ガソリンカーの標準定員が50〜60名だったことを考えればややお得な選択だったといえよう。 |