1976.12. 土浦駅 Photo by: Ryoichi Motoyoshi

筑波鉄道建設がなかなか進捗しなかった最大の理由は、折からの第1次

世界大戦の勃発で鉄道建設資材が高騰したことにある。そして経由地の

選定にもめ、用地買収もこじれ、更に動力を蒸気とするか電気とするかで

またもめた。この結果、実際に工事に着工したのは1916年(大正5年)になっ

てからで、開業に際しても機関車購入交渉に手間取り必要数の4輌に

充たない3輌しか調達できなかったため鉄道院の監査が受けられず、筑波

−岩瀬間は「開業と同時に運休」という前代未聞のみっともない事態となっ

てしまったのである。

もっとも開業後は首都圏に比較的近い立地条件と、筑波山という大観光地

を擁していたこと、また真壁地区の花崗岩輸送需要があったことなどから

まずまずの経営状態を保っていた。