大阪市電1001形

1954. 扇町 Photo by: Tadao Nakajima

中島忠夫さん推薦

(写真提供:中島忠夫さん この写真は転載禁止です)

 

 わたしも木造フアンで、いっちょう大阪市電の1000と1500を推薦

 します。もちろん写真を送りますよ。

 1500の方は21両全部平らげています。といってもすでに、大窓で

 2扉なのがツラい。

 市電の写した場所わかると思いますが、学校が扇町にあったので、

 通学途中にうつしていました。卒業式にやっと杉本町校舎で迎える

 ことができましたが、ヤンキーの匂いとけばけばしい壁には驚きま

 した。

 はじめの2枚は 扇町 それに 城東線したの 天満駅前です。

 ミゼットのタクシーが見えます。
  

大阪市電第2弾は木造車の1001形です。

1001形は1922年(大正11年)に第一次世界大戦後の乗客数の増大と営業路線

の拡充にともなって登場した大型車で、当初は1081形と称していましたが、

戦後の1949年(昭和24年)に中型の旧1001形が801形に改称されたため、

その後を襲名しました。

全長13,564mm、自重16.7t、乗客定員90名(内、座席36人)で、丸屋根の正面

妻板部分のデザインが独特です。当初はポール式集電で、アダムス型空飛ぶ

円盤(死語ですか?)のような面白いベンチレーターを装着していました。

梅鉢鉄工所製50輌、日本車輌製47輌、藤永田造船所製42輌、田中車輌製

25輌、加藤車輌製3輌、楠木製作所製3輌の合計170輌が製造されて戦前

における大阪市電の代表車となりましたが、太平洋戦争時の空襲で73輌を

喪失、残った97輌も昭和30年代の始めに姿を消してしまったため、その姿

を拝むことは非常に難しい、そういう意味で非常に貴重な画像です。

昭和20年代の大阪市内の情景と併せてじっくりとご鑑賞下さい。

尚、1910年代にヨーロッパの先進国では低床式の市電が研究され、低床用

の電動機や台車の開発が進められていましたが、この旧1081形は旧1001

形と共にいち早く「低床式」を導入した先進的な市街電車でもありました。

市バスの世界では最近ようやく導入がさかんになってきた低床式も、市電の

世界ではすでに大正時代から普及していたのです。(里見)

1954. 扇町 Photo by: Tadao Nakajima

1954. 天満駅前 Photo by: Tadao Nakajima

(写真提供:中島忠夫さん この写真は転載禁止です)