京都市電N1形

1958.5. 四条堀川 Photo by: T. Satomi

自分にとっては「有名な」車輌だと思っていても、時代の移り変わりによって

世間一般では知られざる車輌の仲間入りをしているものもある。

そういう意味では京都のN電を路面電車の「名車」として掲げる行為も、もう

必ずしも「陳腐」ではないのかもしれない。

N電のNはNarrow、すなわち狭軌(1,067mm)の略である。

1895年(明治28年)に日本初の電車が京都市に誕生した時の軌間が1,067mm

であり、明治末期まではこのゲージでの建設が進められたが、後に京都市電

は1,435mmの標準軌に改軌していったため、最後は北野線だけがN電として

営業を続けていた。

木製単車にダブルルーフ、オープンデッキ、シングル・トロリー集電と、電車

創世期の形態をそのまま伝える路線として北野線は「市電の動態博物館」の

ようであった。そのN電の情景については鉄道ピクトリアル誌No.42(1955-1)

に掲載された亀井一男さんの名文を引用することでご紹介させていただき

たい。

 

腰羽目2段のモニター屋根、吹放運転台には鎖をかけてあり、運転台屋根

の車体への付根には唐草模様の金具がある。窓枠(勿論窓は下降窓)の

頂部はゆるやかに円弧を描いている。そしてあまり大きくない直接制御器

とハンドブレーキ・フットゴングペダル、これが運転台の道具建である。

運転台から一段高い客室に入ってみると、九州のどこかに残っていそうな

軽便鉄道の客車のようなこじんまりした感じ、ロングシートの両端運転台は

立席となっていて、時にはこの古典車に相応しないトップモードの女性が

もたれかかっていることもある。天井にはベニア板張のものと短冊張のもの

とがある。簡単な電燈がわびしくついている。車内がせまいため広告枠が

一そう手近く見られる。20キロか、せいぜい25キロまでの速度でよたよた

とローリング、ピッチングを適当にミックスしながらあまり急がない用件を

帯びた人達を乗せて北に南に行き交う。四条通りには有名なる3線区間が

ある。1000形や800形と離合する。「ドアエンジン・タイフォン、そんな

モダンなものはあてらおばあちゃんにはいりまへんどすえ」といったかいわ

なかったか知らないが、N電は黙々と行過ぎる。

1961.6. 四条堀川 Photo by: T. Satomi