C62形

1960.12. 下関駅 Photo by: T. Satomi

C62形蒸気機関車を名機・名車として挙げるのはいささか陳腐とのそしりを

受けかねないが、やはり「シロクニ」なくしては戦後の鉄道は語れまい。

戦前の日本国民がなにも鉄道ファンでなくても「シゴイチ」を知っていたように

戦後の日本国民は誰でも「シロクニ」を知っていた。

1948年(昭和23年)にこの機関車が世に送り出された時、人々は「狭軌世界

最大」というキャッチフレーズに驚き、かつ心を奪われた。「狭軌」という

但し書き付であり、実はその「世界最大」も南アフリカ連邦で活躍したドイツ

のヘンシェル社製16E形の方が大きかったのだが、いずれにせよそんなこと

は問題ではなく、敗戦によってすべての自信を喪失していた日本人にとって、

恐らく戦後初めて耳にした「世界一」という言葉ではなかったか。

そういう意味で「シロクニ」が日本人に与えた勇気と感動ははかりしれない

ものがある。日本最大の1,750mmの動輪の上に日本最大直径のボイラーを

載せた巨人機C62形は、1954年(昭和29年) 12月15日に東海道本線木曽川

橋梁嬢で行われた橋梁テストにおいて、当時の狭軌世界最高速である

129km/hを記録した。

上のC62 29号機は1948年(昭和23年) 10月に川崎車輌で落成、姫路第二

機関区を皮切りに宮原、梅小路、下関、広島と移動し、1967年(昭和42年)

7月に廃車となったカマ。特急「かもめ」牽引を始めとして、山陽路の王者と

して君臨した19年間の生涯は短くも栄光に包まれていた。