10系客車(ナロ10形)

1963.4. 向日町運転所 Photo by: T. Satomi

木村洋文さん推薦

 

 10系客車は自分が幼い頃には、急行「さんべ」や普通夜行

 「ながさき」、日豊線の客レ等にヨーロピアンスタイル(当時はそんな

 言葉は知りませんでしたが)の格好がいい客車が無骨な旧型客車に

 混じって、まだ一線で活躍してた記憶があります。

 アルミ材の使用や、構造材の肉抜き等で従来車両の30%(だったと

 思いますが)も軽量化したという点は技術的な見地からも名車と言え

 るのではないかと思います。
  

10系軽量客車といえば「急行用車輌」というイメージが強いのですが、その中

にあってナロ10形ははっきりと「特急用車輌」として製造された栄光ある客車

であります。

特急用の特別1等車、いわゆる特ロとしてはスロ51・53・54・60等が活躍

していましたが、それらを急行に転用し、新たな特ロ車を導入する目的で

1957年(昭和32年)にナロ10形33輌が新製されました。

ナロ10形は乗客定員48名、もちろんリクライニングシートが採用され、新た

にスポットライト・タイプの読書灯が設置されたりしましたが、内装面では

基本的に従来のスロ54形のスタイルを踏襲しています。ただ軽量構造の

すっきりしたボディとTR50B型台車の採用で外観的にははるかにスマートに

なり、淡緑3号に塗装されたナロ10形はさっそく国鉄の看板特急「つばめ」

「はと」の特ロとして脚光を浴びました。

ナロ10形は特急「あさかぜ」「かもめ」にも連結された他、東北本線の

「はつかり」にも採用されています。

やがて特急列車の電車化・気動車化に伴ってナロ10形は急行用に格下げ

使用されるようになり、1966年(昭和41年)より冷房化工事が行われて形式も

オロ11形になりましたが、格が落ちて冷房化というのもちょっと皮肉な現象で

あり、その後のオロ11形に訪れる薄幸の晩年を予感させるものだったかも

しれません。

オロ11型は急行「日南」をはじめとして主に東京・大阪−九州間の夜行急行

列車にその姿を見ることができましたが、山陽新幹線の延伸と急行列車の

廃止によって働き場を失い、また電気暖房装置がないために東日本地区へ

転用することができず、結局1975年(昭和50年)に蒸気機関車の終焉と時を

同じくして消滅、先輩格のスロ54形やオハ61形改造のスロ62形より一足

早くわずか18歳で夭折してしまいました。(里見)