門鉄デフC57形

1964.7. 鳥栖駅 Photo by: Tadao Nakajima

(写真提供:中島忠夫さん この写真は転載禁止です)

木村洋文さん推薦

 

 名機として居住している土地柄(福岡県北九州市)から門鉄デフを

 装着しているカマを挙げたいと思います。

 ただ特定の形式を挙げるとすると、C55にするかC57にするか、

 悩みましたが、九州において最後の旅客運用機ということで、C55

 門デフ装着機にさせていただきます。
  

木村洋文さんからは最終的にC55門鉄デフ装備機をご推薦いただきました

が、中島忠夫さんよりC57門鉄デフ装備機の写真を2枚お送りいただきました

ので、こちらも併せて掲載します。

C57形の門鉄デフ装備機もC55形と同様に九州各地でその姿を見ることが

できましたが、晩年は日豊本線や長崎本線に多く集まっていました。

上の写真は1939年(昭和14年)三菱重工製のC57 111号機で、同機の新製

配置は宮原機関区でしたが間もなく九州に渡り、1968年(昭和43年)に廃車に

なるまで鳥栖・長崎・早岐とずっと長崎本線一筋で働き続けました。C57形

の中では比較的廃車が早かったため、写真が少ないカマです。

個人的な好みは様々ですが、恐らく客観的に見た場合は、門鉄デフ装備の

C57形は蒸気機関車の中で最も美しいシルエットを持った機関車であろうと

思います。

下のC57 11号機は1937年(昭和12年)汽車製造製で、門司港機関区所属

時代の1953年(昭和)に栄えある特急「かもめ」処女列車を牽引、翌1954年

(昭和29年)には「かもめ専用機」に選ばれ、門鉄デフには「波とかもめ」の

装飾が施されて鹿児島本線門司−博多間を疾駆しました。梅小路保存機の

C57 1号機が山口線で保存運転で有名になるまでは、C57形の中では最も

名が通った人気者でした。

しかし鹿児島本線での栄光の日々は短く、1957年(昭和32年)には山陰本線に

転じて福知山や豊岡で晩年を過ごし、これも1968年(昭和43年)に廃車になって

います。晩年は集煙装置と重油併燃タンクを載せた重装備機となりましたが、

写真はそれ以前の姿です。

ちなみに同機は50/1のプラモデル(当初は大滝から発売、現在アリイ)の

モデルにもなっているので、模型店でそのパッケージ絵をご覧になっている

方も多いかと思います。

ちなみにC57形は全機201輌の内、約1割に相当する23輌が門鉄デフを

装備していました。(里見)

1959.5. 京都駅 Photo by: Tadao Nakajima

(写真提供:中島忠夫さん この写真は転載禁止です)