高松琴平電鉄30形

Photo by: Hironori Ishigami
(写真提供:石上博紀さん この写真は転載禁止です)
大都市の大手私鉄の車輌が地方私鉄で余生を送る例は非常に多く、京浜
電鉄の名車デ230形は1976年(昭和51年)から1981年(昭和56年)にかけて4次
にわたって7編成14輌が四国の「ことでん」こと高松琴平電鉄に譲渡され
同社の30形となりました。
入線にあたり京浜車輌工業にて全車に制御装置のSME-D形とHL化、
ATSの出発信号機型への交換、車内設備の交換、台車の2HEへの統一が
行われた他、半数の7輌をTC化し、更に7編成の内4編成は貫通扉化され
たため、少なくとも正面から見た印象はガラリと変わりました。
この7編成は志度線と長尾線の主力車輌として同線の近代化に大きく
貢献したことはもちろん、すでに20年以上にわたって大きなトラブルもなく
活躍し続けてきたというのは特筆に値するでしょう。
石上さんよりご提供いただいた上の写真は電動車の38で、この車輌は
1930年(昭和5年)川崎車輌製の元デハ235(旧デハ1形のデハ15)。
下の写真は貫通扉化改造を受けず原形のままのフロントビューをとどめた
33で、1932年(昭和7年)汽車製造製の元デハ268(旧デハ71形のデハ82)
です。(里見)

Photo by: Hironori Ishigami
(写真提供:石上博紀さん この写真は転載禁止です)

