トキ900形

1967.3. 常磐茨城砿業所 Photo by: Tadao Nakajima

中島忠夫さん推薦

(写真提供:中島忠夫さん この写真は転載禁止です)

日本最大の貨物用蒸気機関車D52形、凸形電気機関車のEF13形、4扉

通勤電車のモハ63形と並んで、貨車の戦時設計車は中島忠夫さんより写真

をお送りいただいた3軸無蓋車のトキ900形でした。

戦争はその善し悪しは別にして兵器や鉄道車輌設計における合理性を極端

に追求します。つまり最小の投資に対する最大の効果が求められるわけです。

2軸貨車は製造コストは安いが、1軸あたりの軸重が14tという制限がある

ため車輌総重量が最大でも28tしかとれません。ボギー台車式にすれば

総重量は倍の56tまで取れますが、車輌製造コストが格段に高くなります。

そこで考え出されたのが3軸台車の無蓋車トキ900形でした。

3軸台車を採用した場合のコストアップはほぼ追加した中間台車の分だけで

すむのに対して、車輌総重量は42tまで取れるし車体の自重も相対的に

軽くなります。すなわち机上の計算上では、製造コスト並びに車輌自重に

対して最大の荷重が取れるのが3軸台車ということになるのです。

ということで3軸無蓋車のトキ900形は1943年(昭和18年)から実に5000輌が

製造されました。

しかし合理主義を極限まで追求したトキ900形は同時に重大な欠陥をはらん

でいました。鉄道車輌に限らずなんでも一見、足の数が多いほど安定している

ように感じますが、これは錯覚で路面が完全に平坦な場合は確かにそうなの

ですが、路面に凹凸がある場合は足の数が多いほど不安定になります。

例えば縦方向の変化が著しい箇所では一時的に2軸のみに荷重がかかって

1軸が浮き上がってしまい、非常に脱線しやすい、危険な状態になるのです。

3軸が固定されてしまっているので、曲線通過性が悪いという問題点もあり

ます。更にトキ900形は石炭輸送を主目的として設計され、例によって戦勝

まで数年もてばいいという考え方から徹底的に資材の節約と工程の簡略化が

施されたため、実際に台枠などは製造から数年しかもちませんでした。

結局、5000輌も製造されたトキ900形でしたが、戦後になると次々に他の

改造され、あるいは部品を流用されてあっという間に消滅していきました。

このあたりは戦後もずっと活躍して日本の高度成長期の輸送を支えてきた

他の戦時設計車とは好対照です。そういう意味で中島さん撮影のトキ901は

非常に貴重な画像ですね。(里見)