EH10形

1978.7 東神奈川駅 Photo by: Nobuhiko Nishimura

西村暢彦さん推薦

(写真提供:西村暢彦さん この写真は転載禁止です)

 

 私の推薦は、EL1種、ECは2種です。

 ELは、マンモス電機EH10です。当時貨物輸送に力点を置く国鉄は

 技術力で高出力を出せず、物量作戦で大物を登場させました。パワー

 を出すために大きくして動輪を増やすというのは、この機関車が最後

 だったような気がします。

  

「マンモス機関車」という懐かしい愛称と共に記憶に蘇ってくるのが、黒い

電気機関車EH10形ですね。

同機は東海道本線全線電化によって1955年(昭和30年)に登場、D形電機を

2輌連結したような長大な車体と8個動輪の迫力は、東海道の王者としての

貫禄に満ち溢れていました。

ところで鉄道車輌に限らず世の中の商品は時代の要請によって当然出る

べくして出てきたものと必ずしもそうでないものとがあり、EH10形電気

機関車の場合はどちらかといえば後者だったような気がします。

歴史学に「IF」は禁物ですが、もし関ヶ原の勾配がもう少し緩やかだったら

EH10という機関車は登場していなかったかもしれません。というのも当時

の貨物用主力機関車だったEF15形にとって貨物列車定数1,200tを牽引

するにはどうしても関ヶ原越えがネックになったからです。

定数を1,000tに落とすか、運転速度を落とすか、あるいはEF15の重連で

峠を登るか、しかしいずれも非常に非効率的な運用となるため、国鉄は

思い切ってH級電機の開発に着手しました。

しかしあと5年待てばF級でありながらEH10形並みの出力を有するEF60

形が登場するわけで、もし勾配区間さえなければこの超重量機にショート

リリーフをあおぐ必要はなかったのかもしれません。

EH10形はまさに「関ヶ原決戦機」として風塵のごとく現れ、そして消えて

いったのであります。

写真は西村暢彦さんより珠玉の2枚をお送りいただきました。

上はEH10 52号機で1956年(昭和31年)川崎車輌製、下は1955年(昭和30年)

三菱電機製のEH10 21号機です。

また中島忠夫さんよりも試作機でパンタグラフが中央部に寄っている1号機を

始め、10号機・16号機・18号機の写真を拝借しましたので、あわせてご覧

下さい。(里見)

中島忠夫さんのEH10 1・10・16・18へ

1980頃 小田原駅 Photo by: Nobuhiko Nishimura

(写真提供:西村暢彦さん この写真は転載禁止です)