0系新幹線

1964.7. Photo by: T. Satomi 鳥飼基地

高橋剛さん推薦

「新幹線の絵を描いてよ」と子どもにせがまれて思わず描いてしまうのは

0系新幹線。「これ古いよ」と非難されても100系すら描けない。

それほど強烈なインパクトを与えたのが忘れもしない東京オリンピックが開催

された1964年(昭和39年)の10月1日に衝撃的なデビューを果たした0系新幹線

でしょう。ちなみに「0系」という呼び方は、後に100系新幹線が登場した際に

それと区別するために呼び始められた呼称で、それまでは単純に「新幹線

電車」と呼ばれていました。

新幹線開通は間違いなく戦後の日本において最も見事に成功した国家プロ

ジェクトのひとつであり、恐らく日本の有史以来といっても過言ではないかも

しれません。その生い立ちと功績については省略しますが、しかしかつて0系

新幹線ほど鉄道ファンから徹底的に嫌われた電車はなかったでしょう。

40年前のデザインとはいえ、なんかのっぺりしていていまひとつ親しみがもて

ない、カラーリングも冷たい感じがする(「冷蔵庫」というあだ名もあった)。

オールドファンにとっては古き良き車輌を駆逐する憎い存在でもある。

鉄道雑誌の表紙を飾ったのも開業の時だけで、以後はほとんど無視されて

いました。開業当時に0系新幹線の模型を発売したメーカーの話では、

「さっぱり売れませんわ」

もし模型の運転会で0系新幹線のフル編成でも走らせようものなら全員の嘲笑

を浴びること間違いありませんでした。

しかし真に偉大な人はいなくなって始めて人々はその偉大さに気づく、の例え

通り、0系新幹線が消え去った後、今後は一体どんな新幹線の絵を描けば

よいものやら。(里見)

1964.9. Photo by: T. Satomi 鳥飼基地