157系

1963.6. 大阪駅 Photo by: J. Satomi

西村暢彦さん推薦

 

 157系ですが、何度も遭遇しているくせにまともな写真は1枚も写せ

 ずに終わった悔しい車両です。準急日光に始まり、ひびき、伊豆、

 あまぎ、白根とデビューこそ準急用でしたが、最後は特急まで昇り

 つめた数奇な車両です(最近、この逆は多い)。お召し用がしばらく

 残るから…などと、のんびりしている間に消滅してしまいました。

 現役は僅か16歳の命でした。廃車後、交通博物館に元祖トレイン

 シミュレータとも言うべき、制御装置と台車だけの実動機械で残って

 いました(遊んだ人いますか?)が、今でもあるのでしょうか?  

 

157系直流電車は1959年(昭和34年)の日光線電化に伴い、従来は気動車の

キハ55系で運行されていた準急「日光」の置き換えようとして登場したので

「日光形」とも呼ばれていました。

その開発コンセプトは「世界的文化遺産」である日光東照宮へ行く外国人

観光客に対しても恥ずかしくないデラックス車輌ということで、151系「こだま

形」と同クラスの室内設備とされましたが、裏の狙いとしては明らかに日光行

観光電車で主導権を握っていた東武鉄道5700系特急への対抗馬でした。

「準急」ならば国鉄の定石としては80系や153系電車があるはずですが、

25‰勾配を有する同線では抑速発電ブレーキが必要であるという技術的

要素の他に競合上、準急料金で特急並みの装備をもつ車輌を走らせなければ

ならない商業的ニーズがあったわけです。

登場時はクーラーを装備していませんでしたが、これも準急だから装備しな

かったのか、装備しなかったから準急になったのかどちらが先は別にして、

将来的には特急用車輌としても利用できるよう簡単にクーラーが取り付け

られるよう準備工事が実施されていました。

そして登場の翌1960年(昭和35年)には日光観光がオフ・シーズンとなる冬季

期間に東海道本線の輸送力増強を助けるべく東京−大阪間の臨時特急

「ひびき」にも就任、157系電車とは一体「特急用」車輌なのか「準急用」車輌

なのかよくわからん、というかけ持ち運用ながら「ひびき」の方は一応の人気

を博し、1964年(昭和39年)の東海道新幹線開業で発展的解消を果たしています。

しかしながら本筋の準急「日光」の方は、東武鉄道が1965年(昭和35年)に有名

なデラックス・ロマンスカー1720系を投入したことによって早くも勝敗は

決した感がありました。

上の写真は大阪駅に進入する準急「ひびき」で先頭車はクモハ157 6、

下の写真は同編成中の1等車サロ157 6。1等車の室内はさすがに外国人

観光客を意識して、大型のトランクやゴルフバッグの収納庫も備えられて

います。(里見)

1963.6. 大阪駅 Photo by: J. Satomi