155系・159系・167系

1978.7 東神奈川駅 Photo by: Nobuhiko Nishimura

西村暢彦さん推薦

(写真提供:西村暢彦さん この写真は転載禁止です)

 

(西村暢彦さん)

 155系159系167系の3形式を一くくりで「修学旅行用電車」

 して推薦します。僕の修学旅行は数あるチャンス全てが「新幹線」でし

 た。隣の学校は横浜線の「原町田」まで155系の臨電(もちろん修学

 色)を引っ張ってきたというのに…。(/_;)

 そんな悔しい記憶を払拭したい!!のです。

(長谷川隆文さん)

 私は日本海側(新潟)出身なもので、子供の頃「ひので」「きぼう」

 という修学旅行電車が東京のほうにあると聞いて、とてもうらやまし

 かった記憶があります。「修学旅行専用の電車があるなんてすご

 い!」というわけです。ごく最近になって実は定員を増やすために片側

 が3列になっていて窮屈でいやだった、という友人の話を聞いて実態

 は少し違うと納得した次第です。

  

1964年(昭和39年)に東海道新幹線が開通するまでの日本では、例えば

生まれてから一度も東京へ行ったことがない大阪人とかも結構、当たり前

にいて、そういう意味で「修学旅行」は生まれて始めて未知の土地を訪れる

貴重な経験だったわけですね。修学旅行列車の起源がいつ頃まで遡るのか

は資料がないのでわかりませんが、はるか昔の修学旅行用列車というのは

定期列車に使用しない予備の客車をかき集めて臨時列車を組成するのが普通

で、所詮予備車ですから概して車輌の設備は良くなかったようです。また2人

掛けの座席を3人掛けで使い、所要時間も長かったために生徒の疲労が

激しく、せっかく楽しいはずの修学旅行なのに目的地に着いた時は全員

くたくたになっていました。

しかしやがて国鉄車輌の設備改善は修学旅行用の列車にも及び、1959年

(昭和34年)には修学旅行専用の電車が誕生しました。

ベースとなったのは急行用として前年の1958年(昭和33年)に登場していた

153系直流電車で、資金の面では京都、大阪、神戸3市の中学校修学旅行

評議会による「利用債」が採用されています。

こうして登場した155系は早速、東京−大阪間の修学旅行用電車に就任、

品川発着京都行が「ひので」、神戸発着品川行が「きぼう」と命名され、中学

生憧れの電車となりました。

基本設計は153系に準じており、外観も初期型の低運転台タイプによく似て

いますが、修学旅行のオフシーズに中央線の一般団体用として使用すること

も想定したので低屋根構造となっており、そのために独特のフロントマスクを

持っています。塗色はレモンイエローとライトスカーレットのツートンカラー

で、これによって実に若々しい雰囲気が醸し出されました。

内装は2+3人掛けのボックスシートで、頭上には大きな荷物棚が設置され

ています。

臨時列車専用なので乗降扉の幅は700mmと153系よりも狭くなっていますが

デッキには大きな屑物入れと大型の飲料水タンクが備えられました。また男子

用トイレも設置され、座席には食事やゲームや楽しめるよう着脱式のテーブル

が設けられるなど修学旅行の生徒に対する細やかな配慮がなされています。

159系電車は155系の好評に触発されて1961年(昭和36年)に愛知、三重、

岐阜3県の教育委員会がやはり利用債を負担して導入したもので、基本

設計は155系とほとんど同一です。159系修学旅行列車の愛称は「こまどり」

更に好評が好評を呼んで学校関係者から増発の要望が強くなり、東京−関西

間の「わかくさ」と東京−下関間の「わこうど」に使用されるべく、155系を

パワーアップした167系が1965年(昭和40年)に登場、修学旅行用電車の黄金

時代を迎えます。

もっとも世の中の贅沢化は「修学旅行用電車」の発達よりも更に加速度が早く、

昭和40年代中頃になると中学生の修学旅行にも新幹線が利用されるように

なり、やがてこれらの専用電車は一般旅客用に改造されていきました。(里見)

1976.7 田町電車区 Photo by: Nobuhiko Nishimura

(写真提供:西村暢彦さん この写真は転載禁止です)

1962.6 大阪駅 Photo by: T. Satomi