

4月3日、青春切符で日帰り 津山旅行してきました。牧野俊介さんを お見舞に行ったのですが、至ってお元気で また絵画を書きはじめられました。そのときの話し南薩の3号の煙室扉がきちっと閉まってないので 一生懸命閉めようと頑張ってたら靴が脱げてしもて、煙室smoke boxの積もったシンダに埋ってしまい、「難儀しましたわ」と言うお話しでした。こうして先輩がたの話しを残しておくことは大事なことで、これが撮影記録の実証になっていきます。つまり昭和15年の時ですら、3号機関車は 錆び付いていたんですね。朝8時30分 タツ発 ヒメ10:17 855D-282Dで津山チ。鉄道略字で ごめん。キハ4747の「ぞろめ」も写せて2時間ほど 好きなことばかり喋ってきました。西尾克三郎さんは1914年生まれ、毎日新聞社を停年退職されるときにわれら朝日放送の鉄道マニアは それぞれ持ち前のアルバムを送りました。1914年は8620の年ですから、わたしは全国の86の大キャビネ(13X18cm)で送りました。牧野さんは1915年のお生まれです。わたしはC54とおない年です。こうして生まれた時の「シンブン」のコマーシャルでなくて、生まれたときのおんなじ鉄道車両になぞらえると、話し言葉=passwordで通じあうんじゃないですか。帰りみちは岡山まわり、657Dでチ、なんとDE501が2休でおいてあります。これはお見舞のご利益みたい。儲けもんでした。岡山のひと がんばって !!! |
