DD16形

1975.8. 西鹿児島駅 Photo by: J. Satomi

DD16形ディーゼル機関車は国鉄蒸気機関車の最後の息の根を止めた

機関車である。

蒸機終焉の数年前になると、ファン達の間で最後まで残る形式は何かという

ことがさかんに議論されていた時期があった。そして多くのファンは車齢の

若さと万能機関車という使いやすさの面でC58形であろうと予測していた。

一方、少数意見としてC12形とC56形を挙げるものもあった。

無煙化の方策として主要幹線は電化する、電化予定がない支線区について

は旅客を気動車化、貨物をディーゼル機関車化する方針がたてられ、D51

やC57といった乙線区用機の代替としてDD51形が、C58・C11・9600・

8620といった丙線区用機の代替としてDE10形が開発されていた。

しかしC12やC56が走っているような簡易線区用機の開発の目処はたって

おらず、もともと輸送需要が非常に低い線区だけに専用の機関車を開発、

生産するのは非常に非効率な話である。よってC12とC56は他の蒸機が

消滅した後もなお数年間は生き伸びるのではなかろうかと。

しかしその予想は外れた。解決策は別の切り口から見出された。そういう

輸送需要が低い線区では貨物輸送を廃止したり、極端な場合は線区その

ものを廃線にしてしまったのである。

しかしそれでも小海線他どうしても貨物輸送を継続しなければならない簡易

線区用に1972年(昭和47年)に国鉄長野工場にてDD16形が新製された。

この機関車は既存のDD13・DD51・DE10の機器を出来るだけ流用する

ことで開発コストを抑えると共に車体や台車の軽量化をはかって軸重を12t

に抑えてある。ディーゼル・エンジンはDD51に搭載されているDML61Z

型をおろして800PSに出力ダウンした上で使用、エンジンを提供したDD51

には新品のDML61Zが再搭載された。

奇しくも国鉄蒸気機関車に最後の引導を渡す役割を負った機関車は、太平洋

戦争中の1942年(昭和17年)以降30年間車輌の新製を行っていなかった国鉄

自身の手によって造られたのであった。