南海電鉄クハ1900・モハ1250形

1958.4. 堺東駅 Photo by: T. Satomi
早くから食堂車付の列車を走らせるなど乗客サービスの向上に努めてきた
南海電鉄が開発した超デラックス車、それがクハ1900である。
1938年(昭和13年)に汽車製造にてたった1輌だけ製造されたこの車輌は、
前半分が展望室とされ豪華なソファと調度品が配置された。
車体はご覧のように優雅な流線形、展望室部分には幅1,170mmもある大窓
がはめこまれ、驚くべきことに正面には当時の技術では非常に難しいとされ
ていた曲面ガラスを採用している。
しかしこの豪華電車は登場した時代があまりにも悪すぎた。
日中戦争が次第に激化し、やがて太平洋戦争に突入、クハ1900は時局
とはかけ離れた存在となってしまった。
しかし南海電鉄ではこの豪華電車をひそかに橋本駅構内に隠して守っていた
のである。ようやく世の中が落ち着きを取り戻し始めた1952年(昭和27年)、
クハ1900は高野山への観光特急「こうや号」の展望車として登場、製造
から14年目にして奇跡の復活を果たすことができた。
もっともクハ1900は1輌しかなかったから、編成の反対側(難波寄り)は
普通のモハ1251形がくっついており、なんとなく舞台の裏側を見せられた
ような気がした。
しかしモハ1251形も南海電鉄においては忘れてはならない電車である。
同車は高野線の山線直通用としてクハ1900と同じく1938年(昭和13年)に
登場した15m級鋼製車で、75kw電動機4個を装備、回生ブレーキを備え
付けた峠のシェルパである。
特急「こうや号」ではモハ1251形3輌が後ろにつき3M1T編成でクハ1900
をぐいぐい押し上げていった。
尚、クハ1900は1961年(昭和36年)に20001系「新こうや号」の登場により
その任を解かれた。最後はサハ1900に改造され、通勤電車にはさまれ
ながら余生を送り、1972年(昭和47年)に人知れず姿を消している。

1958.4. 堺東駅 Photo by: T. Satomi

