1959.2. 絹延車庫 Photo by: Taro Satomi

車体が変だとか、制御装置が妙だとか、そういうことではなくて、これは人間

社会にもよくあることだが、生い立ちがよくわからないということに対して強い

興味を抱かせることがある。むしろ謎の部分を多く持っている人の方が、他人に

とってより魅力的に感じられるかもしれない。

能勢電鉄の37・38号車の生い立ちは謎に満ちている。

両車は戦前の1934年(昭和9年)に九州鉄道より譲渡された11m級の3扉木造

電車で、ブリル社製のボギー台車をはき、50PS級電動機2基を装備する。

車歴を見ると1924年(大正13年)岡部鉄工所製ということになっているが、大正

末期の電車にしては車体のデザインは少々古臭い。岡部鉄工所は1918年

(大正7年)に福岡県糠屋郡に設立された鉄道車両メーカーで、車端部の絞り込

みがなく、屋根は急曲線を描いて落ち、全体的に角張っている点がいわゆる

「岡部スタイル」の特徴であることを考えると、37・38号車はその特徴を有して

おり、同社が携わったことは間違いと思うのだが、やはり時代的な違和感は

拭い去れず、あるいは明治時代後期に製造された木造客車を同社が新製名目

で改造したのではないかという想像も沸いてくる。そもそも岡部鉄工所という

メーカーの存在そのものについても詳しい資料が残っていない。

九州鉄道では大牟田市の三井電気軌道線(後の西鉄福島線)にて使用された

らしいが、時代が古いため37・38号車らしき電車が同線にて活躍している写真

は今のことろ発見できない。製造当初から脱線等の事故が多くほとんど休車

状態になっていたという説もあり、能勢電気軌道の重役が九州旅行をした際に

目にとまり二束三文で譲り受けてきたという。ところが譲渡先の能勢電では2扉

車が主流であるため、3扉の両車は使い勝手が悪くて多客時に臨時で使用され

る以外はほとんど車庫で眠る日々が続いた。が、「3扉車ゆえに」というのも

腑に落ちるような落ちないような理由ではある。

外観は粗末ながら、驚くべきことに、車内に一歩踏み入れると、天井にはとんで

もなく豪華なシャンデリアが吊るされており、そのことがまたこの木造電車の謎を

一層深めるのである。

●NO.1:阪神電鉄113 ●NO.2:阪神電鉄X-13 ●NO.3:岡山電気軌道100・300形 

●NO.4:オヤ30 4 ●NO.5:阪急電鉄201+251 ●NO.6:越後交通無蓋車 

●NO.7:D51 267・346号機 ●NO.8:38666・68658号機 ●NO.9:9608号機 

●NO.10:29639・29689号機 ●NO.11:尾小屋鉄道DC121 ●NO.12:阪急電鉄1554 

●NO.13:西武鉄道モハ401形 ●NO.14:身延線クハ66 ●NO.15:近江鉄道クハ1214 

 ●NO.16:京王帝都デハ2600形 ●NO.17:79667号機 ●NO.18:能勢電37・38号車