7日:ガソリンカー代表 国鉄キハ07形気動車

                                1963.5.甲府機関区 Photo by: T.Satomi

1935年(昭和10年)にそれまで内燃動車といえば小型のローカル線用という

常識を打ち破って大型の近郊都市用キハ42000形ガソリンカーが登場した。

全長19.7mで連続定格出力150PSのGMH17型ガソリンエンジンを搭載、

東京−静岡間の高速試運転では何と108km/hを記録した。

前面の丸みを帯びたスタイルも、後の風洞実験で非常に空気抵抗の少ない

好ましい形状であることが確認されている。

しかし太平洋線直前の1940年(昭和15年)に当時未電化だった西成線(現在

のJR桜島線)で発生した大事故のためにキハ42000形の評判は一瞬

にして地に落ちることになる。

大阪発桜島行の3輌編成の通勤列車が安治川口駅へ進入中に、突然

ポイントが切り替わり、3輌目が又裂き状態になって横転、そのはずみで

洩れたガソリンが引火して車輌はあっという間に全焼、乗客約300人の内

189人が死亡するという大惨事となった。

横転した車輌がキハ42056だったことから世間では「死に頃」だとか

「死に丸殺し」という語呂合せが噂されたりしたらしい。

この大事故の反省と、ディーゼルエンジンの進歩により、戦後は大部分の

キハ42000形はディーゼルエンジンに換装され、又、形式もキハ07形

変わっている。