6日:どっこい生きてた車輌代表 京福電鉄テキ6形

1998.9.三国港駅 Photo by: M. Hirai
(この写真は転載禁止です)
長年に亘って全国の地方私鉄の車輌写真を撮り続けておられる平井さんに
お願いしてお送り頂いた京福電鉄三国芦原線のテキ6形。
この車輌は同線の開業70周年スペシャルイベントとして奇跡の車籍復活を
果たした。
テキ6は、1920年(大正9年)梅鉢鉄工所の古豪で同形車は6−11の6輌製造
されているが、1935年(昭和10年)に発生した新福井車庫火災で8・10・11の
3輌を焼失している。
一見電動貨車に見えるが、車籍上はれっきとした電気機関車で、かつては
貨車数輌を牽引して本線上を走っていたが、晩年は他の多くの電動貨車の
例と同様、車庫内の入換や貨車の移動等に従事していた。
注目すべきはその集電装置で、ポールとピュ−ゲルとパンタグラフをたして
3で割ったような通称Yゲルと呼ばれるものを装着するなど色々な意味で
歴史的・資料的価値の高い、生きててよかった車輌である。
6日:鉱山客車代表 三菱石炭鉱業スハニ6形

1981.6.遠幌付近 Photo by: M. Hirai
(この写真は転載禁止です)
かつて石炭が「黒ダイヤ」と呼ばれていた時代、北海道の石炭
鉱山にはそれぞれの鉱山会社が経営する鉄道が存在し、それら
は単に石炭や鉱山従業員を輸送するのみならず、地元住民に
とっても重要な足となっていた。
鉱山鉄道には様々な特徴のある蒸気機関車、気動車、客車が
在籍していたが、上のスハニ6形はその中でも珍車の部類に
入る。
もとは1913年(大正2年)鉄道院大宮工場製の食堂車オロシ9216
という名のある車輌である。後にスハニ19114となり、1951年
(昭和26年)に美唄鉄道に払下げられ、更に1967年(昭和42年)に
三菱石炭鉱山に移籍してきた。
1954年(昭和26年)に車体は鋼体化されて国鉄オハフ61形に似た
スタイルとなっているが、貴重な3軸ボギー台車TR70をそのまま
はいており、足廻りだけは妙にゴージャスな客車だった。

