

恐らく中間付随車の大画像というのは一般的にはウケないだろうとは思うのだが、阪急の1500は私鉄界の中間車の中では最も目立った車輌のひとつである。新京阪電鉄の大阪−京都間が開業した1928年(昭和3年)に巨額の費用を投じてP6系デイ100形と共に豪華な貴賓車フキ500が川崎造船にて製造された。2枚の扉にはさまれた中間部には幅1mの窓が5枚並び、この部分の室内は豪華なソファが配される貴賓室となっていた。外観は紛れもないシングルルーフであるにもかかわらず内部はダブルルーフのデザインで、大理石製の暖炉まで置かれ、その上には黒田清輝画伯の作品「嵐峡」が掲げられていた。この貴賓車が製造された目的は、大抵の車輌ガイドブックには同年に催された昭和の御大典に際して皇族の乗用に供するため、と断定しているが、阪急車輌解説の大御所である藤井信夫氏の著書には「皇族のご乗用に供するためではないかと推察される」となぜか控えめに書かれている。同車は戦後の1949年(昭和24年)にナニワ工機で一般車に改造、翌年の再改造で座席をロングシート化して1500に改番された。腰板下部に溶接された帯板の存在が誠に優雅。 |