

とにかく強烈な個性の持ち主だった。同時に夢のある電車だった。大手私鉄の豪華特急ブームのさなか、1957年(昭和32年)登場の小田急SE車、1958年(昭和33年)の近鉄ビスタカー、1960年(昭和35年)の東武デラックス・ロマンスカーに続いて1961年(昭和36年)にデビューした南海電鉄高野線の20001系は遅咲きであった分、より丸みを帯びたボディラインを有していた。性別に例えればもちろん女性的ということになるのだが、単に美しいというよりも非常にキュートな印象を受ける。同期の名鉄パノラマカーが平面ガラスを駆使して見事な流線形を表現したのに対して、20001系デラックス・ズームカーは思い切って曲面ガラスを用いて客室からの眺望を確保している。当時としては曲面ガラスは非常に高価だったのである。そのせいかどうかわからないが、この名車は4輌ユニットで1編成しか製造されず、観光シーズン以外は通常特急に転用されたりせず、車庫に休んで大切に使用されていた。運転室横の大きな側面窓は下降式で、上の写真では開放された状態になっているが、これは高野線の通票閉塞区間で乗務員がタブレット授受を行うためのものである。 |