1964.3. 新金屋駅 Photo by: T. Satomi

大平洋戦争末期の1944年(昭和19年)に強制的に国有化された宮城電気

鉄道(現在のJR仙石線)の車輌達がその後どのような生涯を歩んだかに

ついて書き始めると、それだけで1冊の書物になる。

1928年(昭和3年)に豪華な2・3等合造電車として汽車製造東京支店にて

製造されたデテロハ601・602は、その後モハ601・602になり、国有化

後もしばらくは仙石線で働いていたが、親会社に吸収された子会社のプロ

パー社員のような悲哀をまともに受けるはめになった。1952年(昭和27年)に

モハ602は福塩線の府中町へ転出、わずか1年後の1953年(昭和28年)には

可部線の横川に再転出させられる。その間に形式番号はクハ2310に

改称、それも束の間で1955年(昭和30年)に大井川鉄道に売却されてしまう。

しかし同社に到着した時点で、あわれ電気系統部品は酷使によりボロボロ

の状態だったため、結局電装を解除してクハ502となった。

大井川鉄道では三信鉄道(現JR飯田線)の落人モハ302とMc+Tc編成

を組んでいたが、電動車が木製で制御車が鋼製という妙なコンビだった。

大井川渓谷での余生は比較的安泰で、最期はSLイベント列車の客車代用

になったりして、1972年(昭和47年)にやはり大井川鉄道の親会社である名鉄

から来たクハ2829に機器類を譲り渡してその生涯を終えたのである。


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●NO.1:DD20 2号機 ●NO.2:D51 265号機 ●NO.3:紀州鉄道キハ40801 

●NO.4:C55 19号機 ●NO.5:新京阪デイ100 ●NO.6:ED75 501号機 

●NO.7:29608号機 ●NO.8:スハ32 286 ●NO.9:D52 355号機 

●NO.10:C58 316号機 ●NO.11:食堂車ナシ20 ●NO.12:京浜急行クハ156 

●NO.13:D51 362号機 ●NO.14:ED30 1号機 ●NO.15:北見機関区転車台 

●NO.16:弘南鉄道モハ2026 ●NO.17:東武鉄道モハ3210 ●NO.18:クモハ73 024 

●NO.19:D51 727号機 ●NO.20:スハネ30 50 ●NO.21:山陽電鉄200形 

●NO.22:京阪京津線20形 ●NO.23:C11 41号機 ●NO.24:西武鉄道クハ1311 

●NO.25:C58 33号機 ●NO.26:南海電鉄モハ2001系 ●NO.27:同和小坂鉄道DC1形 

●NO.28:C55 46号機 ●NO.29:C55 52号機 ●NO.30:京王帝都デハ1402 

●NO.31:近鉄モト2721+2722 ●NO.32:交直両用電車クハ401 

●NO.33:名古屋鉄道ク2132 ●NO.34:京阪電鉄1820 ●NO.35:横浜市電1001 

●NO.36:大阪地下鉄6000形 ●NO.37:ワフ21000形 ●NO.38:銀座4丁目交差点 

●NO.39:阪急電鉄672 ●NO.40:西鉄福岡市内線102 ●NO.41:名鉄モ301 

●NO.42:D61 4号機 ●NO.43:マハ29 73 ●NO.44:モハ70 121 

●NO.45:東武鉄道クハ360 ●NO.46:クモル23 050 ●NO.47:名鉄モ524 

●NO.48:モハ31 003 ●NO.49:クモハ12 001