

1扉や2扉の車体構造を持つ優等列車用の車輌を3扉化・4扉化して通勤用車輌にするのは昔も今もある「格下げ」の常套手段。私鉄王国だった戦前の関西地区において鉄道省が1934年(昭和9年)の京阪神間電化の際して対抗馬として投入した2扉クロスシートのモハ42形(両運転台式)とモハ43形(片運転台式)という当時としては超デラックスな省線電車があった。一方、1941年(昭和16年) 3月に塚本駅にて発生した二重衝突事故で大破したモハ43 028は、翌1942年(昭和17年)にオールロングシートの4扉車として再生された。国電初の4扉車というとまずクモハ73形の前身であるモハ63形を思い浮かべがちだが、正確にはこのモハ43028を改造したモハ64 012が最初である。続いて戦争の激化による輸送力増強のためモハ43形全車が4扉化されることになり1944年(昭和19年)までに13輌に対して改造が行われ、モハ64形を経由して1953年(昭和28年)の称号改正でモハ31形となった。(その間に1輌が事故で失われたのでモハ31形は12輌)写真のモハ31 003は日本車輌にて1934年(昭和9年)にモハ43 027として誕生したもので、1973年(昭和48年)に廃車されるまで名車モハ43形の「顔」のまま、片町線にて通勤用電車として余生を送っている。 |