1959.10. 岐阜市内 Photo by: T. Satomi

岐阜市内の目抜き通りを走る名鉄モ524

元は美濃電のDB508で1923年(大正12年)日本車輌製。後輩格のモ510

形車に較べ幕板が狭い分、外観的にはこちらの方が素直である。

興味深いのは電車の周囲に写った通行人達の姿。誰に気兼ねするでもなく

堂々と車道を歩く。「のんびりした時代だったなあ」とノスタルジーに浸るの

は簡単である。しかしもう少し深く考えてみれば、通行人が安心して(?)

車道を歩けたのはこの写真をご覧になってもわかるように、当時は圧倒的

に自動車の交通量が少なかったからでもある。人々は電車の往来にだけ

注意を払っていればよかった。しかも電車は自動車とは比較にならないくら

い加速・減速が鈍く、巡行速度も遅いのでそれだけ危険は少なかった。

大通りのど真ん中を自動車という機械に占有され、自動車や電車を創造

したはずの人間が道路脇の狭い「歩道」に追いやられるのが、本来あるべ

き姿だったのだろうか、と考えることは「青臭い」ことなのだろうか。


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●NO.1:DD20 2号機 ●NO.2:D51 265号機 ●NO.3:紀州鉄道キハ40801 

●NO.4:C55 19号機 ●NO.5:新京阪デイ100 ●NO.6:ED75 501号機 

●NO.7:29608号機 ●NO.8:スハ32 286 ●NO.9:D52 355号機 

●NO.10:C58 316号機 ●NO.11:食堂車ナシ20 ●NO.12:京浜急行クハ156 

●NO.13:D51 362号機 ●NO.14:ED30 1号機 ●NO.15:北見機関区転車台 

●NO.16:弘南鉄道モハ2026 ●NO.17:東武鉄道モハ3210 ●NO.18:クモハ73 024 

●NO.19:D51 727号機 ●NO.20:スハネ30 50 ●NO.21:山陽電鉄200形 

●NO.22:京阪京津線20形 ●NO.23:C11 41号機 ●NO.24:西武鉄道クハ1311 

●NO.25:C58 33号機 ●NO.26:南海電鉄モハ2001系 ●NO.27:同和小坂鉄道DC1形 

●NO.28:C55 46号機 ●NO.29:C55 52号機 ●NO.30:京王帝都デハ1402 

●NO.31:近鉄モト2721+2722 ●NO.32:交直両用電車クハ401 

●NO.33:名古屋鉄道ク2132 ●NO.34:京阪電鉄1820 ●NO.35:横浜市電1001 

●NO.36:大阪地下鉄6000形 ●NO.37:ワフ21000形 ●NO.38:銀座4丁目交差点 

●NO.39:阪急電鉄672 ●NO.40:西鉄福岡市内線102 ●NO.41:名鉄モ301 

●NO.42:D61 4号機 ●NO.43:マハ29 73 ●NO.44:モハ70 121 

●NO.45:東武鉄道クハ360 ●NO.46:クモル23 050