

岐阜市内の目抜き通りを走る名鉄モ524。元は美濃電のDB508で1923年(大正12年)日本車輌製。後輩格のモ510形車に較べ幕板が狭い分、外観的にはこちらの方が素直である。興味深いのは電車の周囲に写った通行人達の姿。誰に気兼ねするでもなく堂々と車道を歩く。「のんびりした時代だったなあ」とノスタルジーに浸るのは簡単である。しかしもう少し深く考えてみれば、通行人が安心して(?)車道を歩けたのはこの写真をご覧になってもわかるように、当時は圧倒的に自動車の交通量が少なかったからでもある。人々は電車の往来にだけ注意を払っていればよかった。しかも電車は自動車とは比較にならないくらい加速・減速が鈍く、巡行速度も遅いのでそれだけ危険は少なかった。大通りのど真ん中を自動車という機械に占有され、自動車や電車を創造したはずの人間が道路脇の狭い「歩道」に追いやられるのが、本来あるべき姿だったのだろうか、と考えることは「青臭い」ことなのだろうか。 |