

昭和40年代にはオハ41形という、旧2等車(いわゆる並ロ)を格下げした通勤用客車が蒸機に牽かれている光景をよく目にしたが、それより一時代前にはマハ29形というやはり格下げ客車が活躍していた。しかしマハ29形の場合はオハ41形とはやや事情が異なる経歴を有している。戦前に製造された優等寝台車や食堂車の大半は太平洋戦争中の輸送力増強政策によって3等座席車のマハ47形に改造された。上のマハ29 73は2等寝台車の標準タイプだったマロネ37形のマロネ37 41が1944年(昭和19年)に3等座席車のマハ47 41へ改造され、戦後の1950年(昭和25年)には進駐軍の部隊用寝台車マハネ37 16に改造された。そして返還後も優等寝台車として復活することなく、1956年(昭和31年)にマハ29 73へ改造、結果として立派な3軸ボギー台車TR71型をはいた自重40tのヘビー級3等車となったのである。乗客定員100名(座席80名、立席20名)、乗り心地は抜群だったかもしれないが、窓配置と座席のピッチはまったく合っていない。この往年の優等客車は僚車のマハ29 71・72・74と共に向日町に所属し、ローカル列車にはさまれて寂しく3連音を響かせていた。 |