

5世紀以前の日本のことはほとんど闇のベールに包まれているので断言はできないが、日本で最初に都市が形成されたのは博多ではなかったかと思っている。「博多」の名が最初に書物に現れるのは8世紀中頃の「続日本紀」なのだが、ずっとそれ以前から栄えていたことは確かである。それは常に大陸との玄関口にあったという地勢的な観点からも充分あり得る話だ。ひょっとしたら日本で最初に米を食べたのも最初に文字を書いたのも博多の人だったかもしれない。日本で最初に電車が走ったのは博多ではなかったが、明治末期の1911年(明治44年)、東京より8年遅れて福博電気軌道が誕生した。後の西鉄福岡市内線の起源である。創業時は東京鉄道(東京都電の前身)の中古車をかき集め、その後も南海電鉄・大阪市電・三井電鉄・門司築港・成田鉄道・阪神電鉄・箱根登山鉄道など調べきれないほど多くの会社からの譲渡車を走らせていた。その時代に福岡市内線の車輌写真を撮っていたらさぞや面白いことだったろうと思う。1942年(昭和17年)に西日本鉄道に合併した後も、北九州線から56輌もの木造電車が流れ込んでおり、上の写真の102もその1輌。この電車は最後までモニタールーフを保ち続けていた。集電装置はパンタグラフに交換されているが、中途半端なピューゲルではなく、一足飛びにパンタというのがかえって潔くて良い。 |