1958.10. 到津車庫 Photo by: T. Satomi

5世紀以前の日本のことはほとんど闇のベールに包まれているので断言は

できないが、日本で最初に都市が形成されたのは博多ではなかったかと

思っている。「博多」の名が最初に書物に現れるのは8世紀中頃の「続日本

紀」なのだが、ずっとそれ以前から栄えていたことは確かである。それは

常に大陸との玄関口にあったという地勢的な観点からも充分あり得る話

だ。ひょっとしたら日本で最初に米を食べたのも最初に文字を書いたのも

博多の人だったかもしれない。

日本で最初に電車が走ったのは博多ではなかったが、明治末期の1911年

(明治44年)、東京より8年遅れて福博電気軌道が誕生した。後の西鉄福岡

市内線の起源である。創業時は東京鉄道(東京都電の前身)の中古車を

かき集め、その後も南海電鉄・大阪市電・三井電鉄・門司築港・成田鉄道・

阪神電鉄・箱根登山鉄道など調べきれないほど多くの会社からの譲渡車を

走らせていた。その時代に福岡市内線の車輌写真を撮っていたらさぞや

面白いことだったろうと思う。

1942年(昭和17年)に西日本鉄道に合併した後も、北九州線から56輌もの

木造電車が流れ込んでおり、上の写真の102もその1輌。この電車は最後

までモニタールーフを保ち続けていた。集電装置はパンタグラフに交換され

ているが、中途半端なピューゲルではなく、一足飛びにパンタというのが

かえって潔くて良い。


以前の大画像

●NO.1:DD20 2号機 ●NO.2:D51 265号機 ●NO.3:紀州鉄道キハ40801 

●NO.4:C55 19号機 ●NO.5:新京阪デイ100 ●NO.6:ED75 501号機 

●NO.7:29608号機 ●NO.8:スハ32 286 ●NO.9:D52 355号機 

●NO.10:C58 316号機 ●NO.11:食堂車ナシ20 ●NO.12:京浜急行クハ156 

●NO.13:D51 362号機 ●NO.14:ED30 1号機 ●NO.15:北見機関区転車台 

●NO.16:弘南鉄道モハ2026 ●NO.17:東武鉄道モハ3210 ●NO.18:クモハ73 024 

●NO.19:D51 727号機 ●NO.20:スハネ30 50 ●NO.21:山陽電鉄200形 

●NO.22:京阪京津線20形 ●NO.23:C11 41号機 ●NO.24:西武鉄道クハ1311 

●NO.25:C58 33号機 ●NO.26:南海電鉄モハ2001系 ●NO.27:同和小坂鉄道DC1形 

●NO.28:C55 46号機 ●NO.29:C55 52号機 ●NO.30:京王帝都デハ1402 

●NO.31:近鉄モト2721+2722 ●NO.32:交直両用電車クハ401 

●NO.33:名古屋鉄道ク2132 ●NO.34:京阪電鉄1820 ●NO.35:横浜市電1001 

●NO.36:大阪地下鉄6000形 ●NO.37:ワフ21000形 ●NO.38:銀座4丁目交差点 

●NO.39:阪急電鉄672