
1941年(昭和19年) 2月27日、太平洋戦争において連合軍にサイパンを取られ、いよいよ敗色濃厚となった日本がフィリピンにて最後の決戦に挑むべく、後にレイテ沖海戦と呼ばれることになる「捷1号作戦」を発令した頃、日本車輌において1輌のD51が落成した。1072号機である。1936年(昭和11年)に給水加熱器、砂箱、蒸機溜を一体カバーですっぽりと覆ったスマートな形態でデビューし、人々をうっとりとさせたD51形蒸気機関車も、今は工程簡素化のためドームがカマボコ形になり、鋼材節約のためデフレクター、ナンバープレート、歩み板、テンダーの炭庫側板等、代用できる部分は徹底して木材が使用されてすっかり情けない姿になり果てていた。しかも資材の節約によって機関車重量が軽くなってしまうと粘着引張力の不足をきたすため、その分を補うべくシリンダー付近にはコンクリートの死重を背負わされていたのである。 |